史料調査
日本赤十字社の看護婦養成に関する史料の発掘調査を行っています。2006年度は手始めに、これまで未整理だった本学の所蔵史料の基本調査を行い、目録を作成しました。また全国の赤十字病院と看護婦養成施設に対し、史料の所蔵と保存状況についての調査を行いました。昨今、全国の赤十字病院では建物の新築や、専門学校や短大の統廃合が進み、史料の散逸が危惧されていますので、調査を通じて貴重な史料の保存を訴えていきたいと思っています。

日本赤十字社の看護婦養成に関する史料の発掘調査を行っています。2006年度は手始めに、これまで未整理だった本学の所蔵史料の基本調査を行い、目録を作成しました。また全国の赤十字病院と看護婦養成施設に対し、史料の所蔵と保存状況についての調査を行いました。昨今、全国の赤十字病院では建物の新築や、専門学校や短大の統廃合が進み、史料の散逸が危惧されていますので、調査を通じて貴重な史料の保存を訴えていきたいと思っています。
日本赤十字社の歴史の中で災害救護事業は大きな役割を果たしてきました。中でも活動の中心となったのが救護看護婦です。1891年の濃尾地震に始まり、三陸大津波(1896年)、関東大震災(1923年)、伊勢湾台風(1959年)、阪神・淡路大震災(1995年)と大規模な救護活動が行われました。自然災害の他にも、鉄道・船舶・航空機の事故や大火などでも救護班が派遣され、負傷者の看護に従事しています。研究では、それら災害時における救護看護婦に関する史料の発掘と調査を行っています。

1890年に日本赤十字社の看護婦養成が開始されたことは有名ですが、その6年後の1896年から男性看護人の養成が開始されたことはあまり知られていません。日赤看護婦が戦地救護に初めて従事した第1次世界大戦まで、日赤看護人は日清戦争、義和団事変、日露戦争などにおいて戦地救護に従事しました。これまでの日本近代看護史研究において看過されてきた男性看護者の一員として、日赤看護人(看護人長)は存在しています。本学史料室にも、わずかですが写真や名簿等の看護人関係史料が保存されています。そのひとつに、1913年10月、日本赤十字社救護看護人長候補生第1回卒業生の写真があります(左上)。
清水耕一(1873〜1935)は、精神科病院で看護夫として勤務する傍ら、日本赤十字社の看護人として日清戦争や日露戦争などの救護に派遣された人物です。彼はそのような体験を、著書「新撰看護學 附精神病看護學」に結実させており、これは、日本で初めて看護者が執筆した看護学テキストでもあります。彼の生涯や著書の内容を検証することで、近代日本の精神科看護の創生期の様子が浮き彫りになってくるのではないかと考えています。